職場のマーライオン

走って(ランニング)、飲んで(お茶ときどき酒)、歌って(合唱)を三本柱にその他日日のことなど

ゆるくやってるから続くこともある

「大会が中止になって何を目標にすれば良いか分からない」
というのを聞くことがここのところまた増えた。

言うまでもなく、高校野球(甲子園)の中止が決まったことが大きい。

私自身が運動系の部活に所属したことが無いせいか、今ひとつピンとこない。非情な言い方かもしれないが、大会がなくてもその活動を楽しみ充実させることは難しいのだろうか、と思ってしまう。「目標」がないと活動できない訳でもないだろうと意地悪な考えも過ぎる。

私はこれまで合唱を続けてきており、合唱の場合はコンクールが「目標」となる大会といえる。そして合唱もまたこの度の騒動でコンクール等は中止、練習においても会場が借りられないという事態になっている。

もちろん、もし自分が現役の中高生でコンクールが無くなったり、予定していた演奏会がキャンセルになったら悔しいとは思うだろう。それでも「何を目標に…」とまでは考えなかったかもしれない。

それというのも、合唱への取り組みが良くも悪くも緩やかだったからではないかと思うので。コンクールにそれほどの思い入れがないのが正直なところ。

中学や高校の頃にコンクールに出たことはあるし、社会人になってから所属した合唱団でも2回ほど出た。中高の部活にせよ、社会人の団にせよ、コンクールでの「強豪」では決してなく、コンクールの上位入場・予選突破を躍起になって目指すといった雰囲気ではなかったというのが正直なところだった。

結果としては、私にとってそういった環境がとても性に合っていたと思う。そういった環境のことを「ぬるい」「緩い」と多少批判を込めて言う人もいるだろうと思う。

「ぬるい・緩い」の逆でガンガン打ち込むというのも良いだろう。しかし、そこで息切れしてしまい、いわゆる「燃え尽き症候群」のようになって、卒業後はその活動から離れてしまうという例も目にしてきた。いろいろな活動の形があるからそれもありだろうけど、少しもったいない気持ちもある。

私の場合は、少し(かなり?)ゆるくやってきたことが結果として今に続くことになったのではないかと思う。練習の場を中心として歌うことそのものが楽しく、そのために技術向上に励んできたと自負している。

今この状況なので練習そのものができない・やりづらいのはしんどいが、長く生きていればまた再開できると思えば、今できること(録音された演奏を聴くとか、楽譜を読むとか)をコツコツとできる範囲でやれば良いかと開き直ることにした。