職場のマーライオン

走って(ランニング)、飲んで(お茶ときどき酒)、歌って(合唱)を三本柱にその他日日のことなど

今さらながら、ジアレイのタピオカミルクティー

テレビ塔と併せて久屋大通公園もリニューアルして様々なお店ができた。

その中に、タピオカミルクティーで有名なジ アレイも。
THE ALLEY ジ アレイ | お茶に恋をする、美しい生活

時間もあるし、人数的にはそんなに待たないでしょと油断して並ぶ…結局35分かかったな。

オーソドックスにミルクティーで。お茶は「ロイヤルNo.9」というベリーの香りがするお茶。香り良し・味良しで待ったのは無駄ではないかなと思うけど、なにぶんオープンしたてて不慣れなのかもしれないね、頑張れー。

オペレーションは…急ぐなら同じ栄でも貢茶(ゴンチャ)の方が良いなあと。

f:id:alto-leo:20200923140545j:plain

f:id:alto-leo:20200923140552j:plain

久しぶりの銭湯・サウナ

連休だからといって遠出はしてない。とはいえ、休みらしいことを何か、と思い銭湯へ行ってきた。

前住んでいた所の近所にある銭湯(スーパーではない普通の銭湯)。サウナは100円プラスで専用のタオルを貸してもらう。言い換えると、このタオルを持ってる人はサウナ入室OKという目印でもある。AMラジオが流れる、程よいゆるさが良い雰囲気のこじんまりとしたサウナ。

お風呂は電気風呂がなかなか良い。

風呂上りには番台の女将さんとの世間話や、地サイダーでのんびりと。久しぶりにのんびりした気分になったので良き良き。
f:id:alto-leo:20200921223435j:plain

走らないと調子が悪い

f:id:alto-leo:20200921095927j:plain

カレンダー通りに4連休で、土日はダラダラしていた。とにかくやる気が起きなくて。

日曜は風が涼しく天気が良かったから走りに行こうかと思ったが、いかんせん遅く起きてしまったから結局家のこと(庭の芝刈り)で終わってしまう。走りに行こうと思ったのにできないとイライラする。

家の者が土日にダラダラしていてくれる人ならこちらも好きなことができるものだが、ありがたい?ことに時間が空いてものんびりせずに家のこと(主に修繕関係)をするからこちらとしても放って遊びに行くなどしづらいのである。そんなわけで芝刈りをしていた訳だが。

休みの日に好きなことをしようと思ったら、結局いつもどおりに起きるのが最も手っ取り早いから今日は8時くらいに起きて走りに行っていた。ダッシュ練習を入れて8キロ程度。天気の良い日に走るのは良いものだね。

名古屋テレビ塔

f:id:alto-leo:20200919234611j:plain
長らく改装工事していた名古屋テレビ塔がリニューアルオープン。

久屋大通もさまざまなお店ができて賑やかになった。そのお店もおしゃれなのが多いのは嬉しい。

なにしろ栄地区ときたらあの松坂屋ヨドバシカメラが入るわ、挙げ句の果てに錦通大津の交差点角にドンキホーテができてしまうわで随分雰囲気が悪くなっていた、と私は思っている。加えて最近の名駅再開発や何やかんやで、ここのところデパートは名駅のタカシマヤばかりに行っている。

とはいえ、やはり栄は馴染みの繁華街。せめて栄の北側は頑張ってほしいなと思う。

疲れた理由はたぶん喋りすぎ・聴きすぎ

伯母の葬儀に出て、その次の日まで疲れが取れなかった。

葬儀そのものは疲れる理由ではない…はず。
名古屋市内だし、親類しか来ないし(それでも30人弱だが)、葬儀場だからお茶出しだの細々したことはやらなくて良いし、で疲れる理由が思い当たらず、これが老化⁈と思ったが、再度振り返ると「喋りすぎ・聴きすぎ」で気疲れしたのが原因のように思う。

喋りすぎというのはその通りで、通夜から初七日法要までフル参加だったので、火曜の夕方から水曜の夕方まで丸一日親戚だの姉だのと話していたことになる。(もちろん火曜の晩は自宅に帰宅してるんだけど)

しかも姉にせよ親類にせよ、基本的には自分が話したいばっかりの人相手なので、基本的に聞き役になる。私が話してもどういう訳か相手が話題をかっさらっていくという図式。これは疲れるはずだよなあ。

加えて寝不足。火曜の晩は少し遅い時間にソファーで寝落ちしてしまい、ベッドで寝直したのが2時半頃だからしっかり眠れないまま朝起きた。水曜もなんだかんだで寝落ちしてしまい、眠りの質が今ひとつ。

そんな訳で木曜日一日中、調子が出なかった。

喋ることは楽しいんだけど、その後疲れる・疲れないの分かれ目は、バランスよく話して聴くことができるかどうかなんだろうなと思ったのでした。

伯母さんのこと

先日亡くなった伯母、昭和10年生まれで尚且つ早生まれ(3月)なので、終戦当時が国民学校の5年生。昭和9年度生まれということは、入学時から卒業時まで「国民学校」の生徒だったはず、ということに今さら気づいた。
身内の不幸 - 職場のマーライオン

一 国民学校令の公布:文部科学省
ちなみにこの文科省の「学制百年史」、個人的にこういう話題好きなので読み出したら止まらない。

この伯母、学童疎開をしていたことがあるらしい。確かに年齢的・時代的にちょうどそんな世代であるが、さらに加えて、疎開先から友達数人と連れ立って名古屋に逃げてきたというエピソードもある。

それを聞いたときは随分無茶をするなあと思ったが、長じて向田邦子の「字のないはがき」や橋田寿賀子の朝ドラ「おしん」で描かれた当時の学童疎開の様子を知ると、やはり大変だったのだろうかとも思う。
しかし他のおじおばの話を総合すると、伯母さんは食べ物はじめ待遇についてそんなに酷い目には遭ってなかったとのこと。少し安心。

先の戦争のことをはっきり覚えている世代は、この伯母が限界かな、とも思う。伯母のすぐ下の弟(私にとっての伯父)は数年前に亡くなり、もう一つ下の妹(これも私の伯母)だと物心ついたくらいがようやく戦争末期というところだから、戦中真っ只中の話となると難しい。
どこかでそんな話を聞いておきたいなと思っていたものの、なかなか会う機会がないままになってしまったことが残念である。

国勢調査

前回までは独り世帯だったが、今回は世帯人員が増えて2人分を回答する必要がある。

回答項目が何だったか5年前のことなので覚えていなかったが、回答票を確認したところ基本的事項(性別や職業等)に加えて、仕事の内容について回答するものがあった。さすがに仕事内容については本人に書いてもらうしかないので頼んでおこう。