職場のマーライオン

走って(ランニング)、飲んで(お茶ときどき酒)、歌って(合唱)を三本柱にその他日日のことなど

まさかの原稿依頼

知人からの電話で、何かと思ったらまさかの原稿依頼。内輪の会報誌的なものですけどね。

600字程度で締め切りは来月末。
「時間には余裕があるから」
「いろいろ趣味を持っているから依頼しやすいなと思って」
と言われたので断れず…というか、せっかくだから受けてみようと思いましてね。こうやってブログも書いてるわけだし。

後からメールで改めて依頼をいただき
「本人の写真もよろ」
と。修正かけるか…というのは冗談として、せっかくブログでぼちぼち書いてるから、その中で何かネタはないか、転用できるものはないか、いざ書こうとかしこまってしまうと書けないから、それこそ下書きでこつこつ書き溜めて早めに提出しようと思っております。(当然このブログ書いてることは依頼者は知る由も無いのですが)

私でもできたから、みたいなこと言うのはやめておこうと思った話

タイトルの通りなんだけど、私が引っかかるワードは「私でも」で始まる物言いなんだなということに改めて気づかされたという話。

なんかのブログをつらつらダラダラ読んでいて、そのブログの文脈では

「アラフォーでバツイチで不妊症だったけど、『そんな私でも』今は幼稚園に通う娘と良い夫とともに平凡な生活を送れるようになりました」

といった内容のことが書かれていましてね。

「あーなんか今イラっときたけどこれって何なんだろう」
「謙虚に見せかけといて結局自慢したい話?」
「要は幸せ自慢?」

そういえば私はこのツイートにも引っかかってたなと改めて見返すと、やはりここでも「私でも」のワード。

あと、「私でも結婚できたんだから」というワードも心底ダメだったのを思い出した。

内容が結婚とか出産とか育児といった私の「苦手分野」の話題というのもあるけど、それよりも「私でも」という言葉が地味にジワジワ効いてるというか。

「あなたが『私でもできたから』ということができてない人はどうフォローするんでしたっけね」
とつっかかりたくなってしまうのでありました。

そんなこと考える人っているのかしらと思ったら結構いらっしゃるみたいでして。
自己肯定感が低い人がやってしまいがちな「無意識かつ一番ムカつくマウントの取り方」とは「すごいわかる」「気をつけたい」 - Togetter
挙げている例は若干違うけど、それって話者の「自己肯定感の低さ」が原因というのは「そうか!」と納得。

「私は◯◯するためにこれだけのことをやりました」 ※◯◯は任意の言葉を。例として「結婚」とか「転職」とか「ウルトラマラソン完走」など何でもよし。 と堂々と言うのは、実は結構勇気が要ることだと思う。場合によっては非難されることもあるわけで。あと、本人にとっては本当に大したことないと思っていることもあるし。

翻って、自分もそういう物言いしてないか振り返り…。
「私でも就職できたんだから」
「私でもフルマラソン走ったんだから」
「私でも絶対音感あるんだから」
…うん、確かにイラっとくるかもしれないね。
大いに気をつける、というか厳に慎まねば。

MGCで(ちょっと)元気が出た

芝刈りしなければなあ、寝ていたいなあ、でも暑くなったら結局できなくなるしなあ…とグズグズしながら7時前に起床。

伸び放題で放ったらかしだった芝生の芝刈り。
雑草は…気にせず刈ってしまう。目立つのを後で抜けばいいや、というくらいの開き直りで。

ひと通り刈り終わって家に戻り
「そういや今日MGCだなあ、もう始まってるかな?」
とテレビをつけたらまさにスタート直前。

早起きは三文の徳というか、芝刈りサボって寝過ごしていたらうっかりMGCがあったことも忘れてしまってたかもしれない、と思えば休みだけど起きた自分グッジョブという気になった。

中継はNHKとTBSとで分担

NHKが女子を、TBS系列が男子の中継。
NHKの方が解説陣が豪華だし、(金哲彦、増田明美野口みずき有森裕子)余計なCMも入らないから女子の方見ていた。

ラソン中継しっかり観たのは初かも

いやー面白かった。
観ていると、このところダラダラだった自分に喝が入った気がする。
箱根駅伝だと中断しながらしか見ていなかったし、マラソンの中継ってのも滅多にない(あってもじっくり見る機会がなく…)から解説付きで観るとやはり良いなあと思った。

コース良いよね

6年半東京に住んでたし、東京マラソンも走ったことがあるから、コースが私にとって思い出深い。
東京マラソンのコースと結構被っていまして、
「私も同じ道走ったよなぁ…」
「ここ、しんどかったなあ」
とか思い出モードに。

あと、皇居付近はしょっちゅう走っていたから
「あー皇居だ!」
と心拍数高めになったり。

住んでたとこの近所も映っていて
「懐かしいなあ」
思わず呟くほど。30代半ばまでの、文字通り「働き盛り」と言っていい頃のことが思い出されてきた。

最後の最後まで見逃せないレース

女子の方、終盤は1位前田選手がぶっちぎりだったが、当初結構差が開いていた2位と3位は最終的に4秒差まで縮まっていた。

ゴール前は登り坂、だけど笑顔で走る選手にすごいなぁ、頑張れーと素直に応援できた。

男子も最初チラッと見たら設楽選手がぶっちぎりだったから「あー勝負決まったね」と思ってたら、残り5キロで失速したようで…。何があるか分からないね。

そんなわけで自分もボチボチ頑張ろう

グダグダだった自分が少し回復した気がして、その翌日走ってきました
……気温35℃で走ったらいかんね。15分でダウンしてコンビニに避難したのでありました。そのあと休み休み走ったけど、2週間サボっていたから大反省。

でも走ると少しは気持ちが上向くようです。無理せずボチボチやっていこう。

癒しのランニング (講談社現代新書)

癒しのランニング (講談社現代新書)

やっぱり…

出先にあったお店。

「いきなり」のぱちモンか?と思いきや、沖縄の方には多くあるチェーン店のようです。

名古屋には池下と大須にあり、その他岐阜にもあるらしい。

今回は180gで1,000円のステーキと300gのハンバーグ(これも1,000円)を2人で分けましたが、味もお値段的にも「いきなり」に比べて良いんじゃないかと思います。

シンキングタイムとしてのブログ下書き

Twitterを眺める時間は増えたし、気になる呟きは「いいね」やRTをする。しかし、自分が呟くのはなるべくしないようにしている。

先般、上のツイートについては1つだけ呟いてみた。内容は、こういった発言しそうな知人がいたのを思い出して、そういや疎遠にしたなあ(疎遠に「なった」ではないのが闇)といった内容。
私の場合、知人が既婚者かつ子持ちで、当時独身だった私に「マラソンなんてやる感じじゃないよねー」とか「いつまでも自分磨きじゃないよー」と年賀状に書いてこられた、といった内容。呪いとは違うがイラつくポイントドストライクだった。

でも放っておくと次々に呟きそうになったから、思ったことはブログの下書きに落とした。


人によるのだろうが、これまで私の場合は気になるツイートをみると
「いやいや、私はそんなことないもんね」
「え、それ違くね?」
ぐらいの気持ちで呟いてしまっていた。
後から思うと
「だから何?」
くらいの内容で全くもって無駄に思う。場合によっては軽率に呟くのではなかったと後悔することもあった。


思いついたことをブログの下書きに落としていくと、少しずつ考えの整理ができる気がする。
「衝動的にはこんなこと呟こうとしていたけど、実はその先のこういうことを言いたかったのかな」
という感じで。


上記のツイートだと、当初
「この方は結果的に『子煩悩になったし、私でもできた』だったから良いけどそうじゃなかったらどうしたんだろう」
「なんだかんだで『私でもできた』的な自慢をしたかったのか?結局マウント取ってね?」
「暗に独身者disってね?独身者もいろいろ言われたものでな…」
とか反論したい気持ちがグルグルしてた。
多分私の場合は、ふるえるとりさんの「オタ友」的な立場、つでいる期間の方が圧倒的に長い(ていうか今でも割とそうだ)からだろうな。
自己弁護するわけではないがだからといってこの手の「呪いの言葉」はかけてない…はず。


次の段階で、
「そういや私もさっきの知人以外にも似たようなこと言われたことあるわ…その件は結局気にもしなかったけど」
という過去の経験を思い出し、ちょっと冷却…。
東京転勤の内命受けてから、元上司に「お前さんは半年もたずに潰れる」と言われた。結局6年半いることになったけどね。でも私の「潰れずに6年半いた」というのも一種の生存バイアスだし、「私だってできるもん」的な不遜さはあるんだよなーと思う。そもそも6年半大過なく過ごせたのは本当にラッキーだったと思ってるし。


結局、
「自分自身でも『これ苦手でできないかもしれない。できなかったらどうしよう!』と薄々思ってる(或いは思い込んでいる)ことを他人に言われると落ち込んだり腹立つ。」
ということかなと思う。
あと、子育て分野や結婚分野でこういう「呪いの言葉」って破壊力あるんだろうな、とも。

苦手は苦手でも
「これ苦手だけど、できなくても困らないし死なないし」(私にとってはスポーツ全般)
「苦手でも苦手なりになんとかするしかないしー」(私にとっては仕事など)
くらいの開き直りができる分野なら当人にとってグジグジ悩むことにはならないわけで、でも結婚分野だの子育て分野だのってのはそういうのが言いづらいのかな…とちょっと思ったのでした。

私も15年

はてなの方にこのリンクを貼るのもどうかと思いつつ。
Ameba15周年記念サイト|Ameba (アメーバ)


実は私もAmebaでブログを始めており、思い出してみればサービス開始した年の12月から書き始めていた。15年でいろいろあったなー(遠い目)。

始めたきっかけは、当時一人暮らしを始めたばかりで、そのことを書きとめてみようと思い立ったことだった(でも一人暮らしネタはそれほど書かなかった)。

その他にも、当時はご自身でHP立ち上げてた方の日記コーナーで良いなあと思うのがいくつかあって、その影響を受けたことも大きいかなと。自分も何かおもしろいネタが書けないかなあと思ったりなど。

こんな本も当時買ったなあ…。


広告の表示や、書いている方の傾向などから思うところがあってはてなに移ったが、当時の記録を消すのは惜しくてAmebaの方にもまだアカウントは残している。
半年間のもろもろ - 職場のマーライオン

読む人が読めば誰が書いているか分かる内容もあるので一度整理しなければと思いつつ、昔の記事を読み返すと顔から火が出そうなので(ということはそういった記事を片っ端から非公開にすれば整理が捗るが、精神力が持たないと思う)そのままになっている。

さて引用のリンクでも取り上げてるが、私もブログをスマホで更新する派。たまにパソコンは使うし、その方がいろいろ機能は使えるけど、便利さには代え難い。その分、ツイッターでつぶやくような内容になってるけど…。そういえば最近またTwitterを見る時間が増えてきているから気をつけねばね。自分の場合、Twitterを見る分だけブログに書く内容が薄くなる気がするんで。

桃之橋

長野からの帰りは国道19号線で帰りましたが、その途中の南木曽町にあった橋。

今は「桃介橋」といいますが、建築当時は「桃之橋」という名称だったとのこと。

桃介というのは福澤桃介のこと。木曽川を利用した水力発電の開発から電力会社を興し、「電力王」と呼ばれた人。この橋は発電所の建設資材の運搬のために架けられたもので、1922年の完成。

戦後まもなくから村道として使われていたものの、老朽化のため40年くらい前に廃道。取り壊す話があったものの、取り壊し資金がなかったことからそのままとなっていたものを復元した、とのことでした。資金がなかったのが、結果的に残せる結果になったのは良かったのかなと思います。