ある意味でリア充か?
数年前はTwitterを閲覧し過ぎていたようで、「Twitter断ち」をやっていた。
ここのところは、「断ち」ではなく「見たくないなあ」という気持ちの方がやや強い。
Twitter特有といってもよい、きつい言い回し・表現を見聞きするのがしんどく感じられるようになった。
あのSNSの特性上、言葉遣いや言い回しがきつくなるのは致し方ないし、私自身もそういった表現をしてしまうことはよくあったし今でもある。
時間が経てばまた平気になるようにも思うが、ひとまず今はなるべく見聞きせずに生活したい気持ちが強い。
メンタルが弱っているのではなく、むしろ、リアルの生活がそれほどしんどくないのが理由なのかと思うようになった。
それに気づいたのはこちらの記事。
リアルの生活、例えば仕事だったりプライベートだったりが、コロナの影響や時世的な影響で良い方向に向かってる、ということなんだろう。
振り返ってみれば私の生活もそれに近い。
職場の環境も(細かいところはいろいろあるし、新年度になったらどうなるか分からないものの)今のところは大きな問題はない。
プライベートについては、コロナ禍によって却ってのんびりできるようになったと思っている。(面倒な誘いが来ないし、仮に来てもコロナ禍を理由に断りやすくなっている)
リア充とは異なるが、ネットの世界に駆け込まなくてもそれなりにリアルで平穏に過ごすことができているのはラッキーなんだろうなと思う。