竹やぶを越えたら学校
デイリーポータルZの記事で興味深いのがあった。
地元の県立高校が山の上なので全部登る :: デイリーポータルZ
記事にある通り、宝塚市内の県立高校が山の上の立地だという内容。
もしかして、すべて戦後に新たに開校した学校かなと思って後からwikiで調べたらやはりその通りだった。
というのは、私が通ってた学校(県立高校)も戦後にできた学校であり、開校当時は郊外で竹やぶ以外何もないような場所だったという話を創立30周年あたりの記念誌で読んだことがあるからである。(私が入学したのが創立30周年のすぐ後)
戦前からあった学校(旧制中学or旧制高等女学校)だと比較的交通アクセスの良い立地になりそうだが、戦後に新たに設立となると用地確保が難しく、じゃあ空いている山地にしようか、となるかなと思ったわけ。
おそらく、宝塚市内の県立高校にしても、それぞれの学校の記念誌等にはそのあたりの事情がいろいろ書かれているだろうなと思う。
ちなみに私の母校ですが、設立当初は「名古屋市内につくる」ということ以外、具体的な場所はおろか校名も未定、用地買収が手こずったりなんやかんやで4月1日の開校時は他所の高校を間借りして開校、新校舎に移ったのはその年度も終わりがけの1月だったらしい。なかなかのバタバタ具合で、今ならあり得ないなあと思ったりしたのでした。
※1 時期的に第一次ベビーブーマーの高校進学に合わせて県内にいくつか新設校を計画していたようだが、母校の場合は「あ、名古屋市内も一つ作っとこか」くらいのオマケ的に付け加えた経緯だったっぽい。
※2 校歌の作詩を依頼された方が、作詩の参考に学校に来られた際「空が広い以外に何の印象もない土地」と仰り、そのためか校歌の歌詞に地名が一つも出てきません。
※3 そんな何もない場所だったようですが、その後の郊外開発の波に乗ったおかげで、今は竹やぶもなく、地下鉄も通る場所になったのでラッキーでした。